幸福を実現する方法「惟~かんながら~神」

kannara

「幸福」や「幸せ」というのは相対的なものであって、同じ状況に置かれても幸せだと感じる
人もいれば、不満を抱えたり不幸せだと感じる人もいたりするわけです。

だからこそ、我慢をしたり諦めることが幸福や幸せになるための秘訣などといった指摘をする
識者や宗教者などが多いのですが、本当に正しいのでしょうか?

幸せというのは達成するのではなく、幸福になるために努力をしている状況こそが「幸せ」を
感じるものだといった具合に、何か悟ったかのように他人に個人の意見を押し付けてくる人も
珍しくありません。

ただ、自分がしんどい状況にあることを詭弁を抗してごまかした上で、他人に「自分は偉い」
と自慢したいだけではないのかと辛辣な批判を加える人もいるわけですが、濱陽一さんは少し
違う視点から指摘します。

「今、私は幸福ではない」という思考をしているからこそ幸福になれずに不満を抱えているの
ではないか
という指摘です。

「思考は現実化する」わけですから、幸せではない、幸福が不足しているなどといった「現在
の思考」が現実化しており、いつまでたっても幸せや幸福とは無縁の人生を送っている人々が
実に多いと濱さんは指摘します。

つまり、幸せになろうと思えば現在の思考を変えればいいわけですが、人間というのは簡単に
思考の切り替えができないからこそ苦労しているのではないかと思います。

しかし、最初のほうで書いたように、自ら思考停止状態になり「現状を幸せだと思え」という
発想に対しても違和感を感じるのではないでしょうか。

濱さんは、自らもがくのでもなく、何もせずに諦めるのでもなく、幸せ・幸福になるための
「第3の選択」を選ぶのがいい
とアドバイスをします。

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